2012年4月6日金曜日

七つの大罪に暴力がない理由

七つの大罪とは、キリスト教の用語で、人が犯してしまう欲望や感情のこと。
暴食、強欲、怠慢、色欲、傲慢、嫉妬、憤怒
gluttony,greed,sloth,lust,pride,envy,wrath

自分で抑制したい感情だが、行動してしまうものばかりだ。

太るって分かっていてもご飯をお腹いっぱい食べる
ルールを破っても楽して稼げることを続ける
やらなければならないことがあるのにゲームをする
大切な人が傷つくのに浮気する
出来が悪い人を馬鹿にする
成功している人の失敗を望む
自分の出来ないことを指摘されると腹を立てる

4世紀のエジプトの修道士の著書にも書かれている。

暴力はなんでないのだろうと思った

暴力を覚えると繰り返す。
エスカレートする。
七つの大罪と同じように、一度味わうと止められずエスカレートする。

ではなぜないか。

ひとつは、治安を守るための法が厳しい。
人はまとまって生活している。組織を作り、組織同士で戦ってきた。
最も社会に影響を与える大罪だから、罰が決まっている。
メソポタミアの時代でも目には目を、という法があった。

もうひとつは、暴力を続けると勝者は一人になるからだ。
たまたま他の大罪と異なり、生まれた瞬間から勝者が分かるものだ。だから、他の大罪より犯し辛い。
小さな狩猟民族でも暴力が許されるのは一部の人の特権だったのだろう。

暴力がないのは、すべての人に当てはまることはない、強く守ることを強要しているために、含まれていないだけで、
人が犯すべきでないと分かっているが犯してしまう罪に、暴力は含まれる。

0 件のコメント:

コメントを投稿