2014年7月21日月曜日

なぜ産業革命の頃に農業革命は起きたか

農業革命とは、輪作と囲い込みによって農業生産が向上したこと。18世紀のイギリス(ヨーロッパ全土)で起きた。

輪作とは、同じ土地に別の性質のいくつかの種類の作物を植えること。囲い込みとは、農民の農地を統合して牧場にすること。
具体的には、国が主導で囲い込みを行い農地を管理し、大麦->クローバー->小麦->かぶの順に輪作を行った。(この輪作をノーフォーク農法とも呼ぶ)

13世紀ごろヨーロッパでの農業は、荘園制度のもとで開放農地と三圃制という仕組みで行われていた。荘園制度とは、領主が土地を所有していて農地を農民に貸して農業を営むこと。開放農地とは、以前は農民ごとに柵を設けて農地を分けていたが、それを取り除いたこと。三圃制とは、春の収穫、秋の収穫、休耕地(牧草地)に分けて3年で一巡して農業を行うこと。休耕期間を設けることで土地の劣化を防ぐようになった。

なぜ産業革命の頃に農業革命が起きたかということの説明としては、
・都市に力が集中して、地方の権力が減ったため、大規模な農業改革(囲い込みを実現することができた)

加えて、産業革命によって都市化が進み、初等教育が整備されて、大学が発展したということが大きい革命だと思う。文字を書ける人の数は圧倒的に増えて大学によって研究者の数は圧倒的に増えた。
それによる科学の発展によって、医療・農業・流通それぞれの分野が進歩したのもあると思う。

肥料の分野では、18世紀工場で余った動物の骨を肥料として利用したり、1806年に南米探検を行ったフンボルトがチリ硝石が肥料であることを報告。それによって鉱物肥料が発展。1913年にはハーバーボッシュによる合成アンモニア工場ができて化学肥料を使うことになった。

医療の分野では、1804年にアヘンからモルヒネの分離に成功。1846年にエーテル麻酔の公開実験が行われた。もともと妊婦の死亡率は4%ほどだったが、麻酔の発展により帝王切開の死亡率が1950年くらいから急激に下がり、日本だと0.04%くらいまでに下がっている。

また実際にヨーロッパの人口がどういう推移か調べてみると、1000年くらいから人口加速度があがり18世紀まではそれほど加速しているように見えない。
あと人の移動って暮らしていける環境があれば変わるので、個人的には農業革命によって農村から都市に人が流れたのでなく、もともと農村の効率化は行えたが移動先がなかったからその土地に住んでいた、都市で暮らしていける環境が整ったから農村から人が流れたのほうが納得できる。



参考
wikipedia 農業革命
世界史の目 囲い込みと農業革命
 ※ 世界史の目は、塾を運営している人が個人でしているみたいだけど、なかなか質が高い http://www.kobemantoman.jp/whe.htm
ヨーロッパの人口推移
肥料の歴史
麻酔の歴史
妊婦死亡率の推移

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